成田山祇園会の由来

成田山祇園会は、成田山新勝寺のご本尊「不動明王」の本地物である奥の院大日如来の祭礼です。毎年7月の7日・8日・9日の三日間にわたり執り行われます。
古くは大日如来のご尊像を捧持して各町内を渡御しましたが、今日では大日如来をご尊体とした御輿が渡御し、併せて成田山を含む9町内10台の山車や屋台が市内を巡行します。
成田山祇園会は、享保6年(1721年)には既に行われており、約300年の歴史があります、当初は、成田山で管理する湯殿山権現社を中心とした祭礼であり、氏子は往時33ヶ村にも及びましたが、時代の変遷とともに、本地物である成田山奥の院本尊大日如来の祭礼へと移り、現在に至っております。
現在でも初日の夜。御輿がJR成田駅東口脇の権現社を御旅所として一泊し、翌朝には御輿と山車、屋台の全てが権現社に集合するのも、この故事によるものです。
平成13年より御輿の渡御と山車、屋台の巡行は、7月初旬の金・土・日曜日に行われます。

 

御輿・警護の由来

成田山祇園会で担がれる御輿は、大日如来をご尊体とした成田山新勝寺の御輿です。昔は門前町7カ町で御輿番と警護番を年番制で担当し、町内の若者が担いでいました。しかし各町内とも年々御輿の担ぎ手を努める男子が不足するようになり、大正9年からは成田山の僧侶と職員が担ぐようになりました。
御輿の渡御する順路を、御輿に先立ち化粧をした警護の稚児一行が巡行します。熨斗目袴に花笠の揃いという華麗な出で立ちで、御輿の先導役を努め、これには翌年年番に当たる町内が担当します。
(本年の警護の巡行は9日・10日の2日間です)

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